万葉集に詠まれた、椿という花
万葉集には、
梅を題材にした歌が118首、桜は40首。
それに対して、椿はわずか9首だけ。
日本でも古くから親しまれてきた花でありながら、
その数は決して多くはありません。

巨勢山の 列々椿 つらつらに
見つつ偲はな 巨勢の春野を
「万葉集」坂門人足(さかとのひとたり)
巨勢山の列なる椿よ、(今は秋で花もないが、)春の時期の満開の椿はどんなにすばらしいだろう、ああ見たいなあ…と。
河上の 列々椿 つらつらに
見れども飽かず 巨勢の春野は
「万葉集」春日蔵人老(かすがのくらびとおゆ)
こちらは、春の巨勢の椿をうたったもので、見ていて飽きないと、その絶景をたたえている様子です。
その風景を、思いを重ねながら、
飽きることなく見つめている情景が浮かびます。
梅のように香りを愛でられるでもなく、
桜のように華やかに散るでもない。
椿は、もっと静かで、
日々の中に溶け込むような花だったのかもしれません。
あるいは、当時の人々にとっては、
食用や灯りの油としての役割のほうが、
身近だったのかもしれません。
だからこそ、その美しさは声高に語られることなく、
ただ、そばにあり続けるものとして、
人の心に残ってきた。
ふと目に入る景色の中に、
気づけばそこにあるもの。
椿という花は、
そんな存在なのかもしれません。
やがて時代は移ろい、
椿の花が人々の関心を集めるのは、
万葉の時代からおよそ千年後。
江戸時代に入ってからのことでした。
※参考:四柳英子(2000).「椿と日本人」、別冊家庭画報(1984).「この花のすべて[茶花暦]シリーズ[一]椿」